北島あるいは「抵抗」と「流亡」

かたくて歯が砕けそうな話。でも、読んでください。北島に会ってきました。5月28日、早稲田大学文学部34号館大教室。いまさら紹介するまでもないと思いますけど、北島は芒克らとともに雑誌「今天」を創刊し、中国現代詩を革新しました。その後、天安門事件を契機に亡命を余儀なくされ、長らく欧米各地を転々としながら詩作をつづけましたが、それが世界の注目するところともなり、何度かノーベル文学賞の候補にあがったこともあります。
大教室ではまず、「境界を越えて詩作する」と題しての講演があり(通訳は是永駿)、北島はそこで、4つのフェーズに分けて詩の問題を語りましたが、それはそのまま、抵抗とエクザイルの詩人の自伝にもなっていました。
とくに興味深かったのは、翻訳の問題にふれて、文化大革命時にひそかに読まれたロルカの訳詩集が、自分たちには大きな意味をもっていたというあたりでしょうか。中国でロルカとはちょっと意外な気もしましたが、その、中国語としてはちょっと奇矯な翻訳の文体が、かえって官製のディスクールとはちがったところへ自分たちを導き、清新な詩的言語が生み出されるきっかけのひとつになったと、そう北島は言うんですね。一国語は他の国語と出会って、その境界線上にこそ新しい詩的言語は生成する。この主張は日頃私が考えていることと重なり、また折口信夫の「詩語としての日本語」なども思い出されて、めちゃくちゃ、わが意を得たり、でした。
講演のあとの朗読もよかったです。どちらかといえば渋い、抑制された朗読スタイルのうちに、しかし情動的なところではやや声が高潮し、中国語の音韻の美とも交錯し響き合って、さすがと思わせましたから。
北島といえば、この冬には大部の『北島詩集』が、前出是永さんの訳編によって、書肆山田から出たばかり。今回の来日は、その刊行記念という意味合いもあったようです。そこで私もひとことこの詩集へのオマージュを捧げておきましょう。
まず、400ページという大冊がずっしりと重く、北島という詩人の存在感そのものをを伝えてくるかのようです。繙くと、詩人のポートレートのページを挟んで、国内での「抵抗」の時代と、海外への「流亡」の時代とが向き合っていますが、そのふたつの苦難が、この詩人を比類のない詩境に導いたわけです。私の持論、不幸が詩人をつくる、ですね。ただ、「抵抗」といっても、たんに反体制的なメッセージを詩にしたということではありません。愛と自由をもとめる魂の叫びを、みずみずしいアナロジーの感覚によって、いわば宇宙全体と呼び交し合う抒情の言語にまで高めたんですね。同様に、「流亡」といっても、たんなるエクザイルの悲哀を書き綴ったのではなく、外国に出ることでかえってみずからの詩のボディである母語への思いを深め、中国語で書く詩人としての身分証明を見事に果たしています。そこがすごい。