ポエジー夜話の核心

この「ポエジー夜話」は、正確にいえば「ポエジーについての夜話」ですが、たまにはかぎりなくポエジーそのものでもあるような夜話を書いてみましょうか、さてそこで──
詩とは、一本の街道が伸びてきていた、
詩とは、いつだったか、むしむししたスラバヤの夜まで、金子光晴ランボーの足跡を追って、ジャワを東から西へと縦断し、旅の終わりの、波打つ肉の小さな海のうえで、キウキウと快楽のうめきを上げながら、すべてがその海へと崩れさろうとする感覚のさなか、しかしまた、なおも熱い微粒子が集まって、するすると一本の線を成し、そう、すでにして私の記憶のなかを、いつだったか、むしむししたスラバヤの夜まで、記憶のジャワのなかを、一本の街道が伸びてきていた、
詩とは、混血の反逆者エルヴェルフェルトの首、槍の穂先に貫かれてミイラ化したまぼろしの首を起点に、記憶から未知へ、ランボーの幻視した轍のように、あるいは昆虫の触角か何かのように、あるいはさらに、私自身のニューロンの軸索のように、繰り返し繰り返し伸びてきていた、それが詩ではないか、
詩とは、街道に沿って、あるいは詩に沿って、生い茂るバナナの群落、熱雲の下で育まれている蛇や稲妻の卵、水田のひろがりとそのうえの、世が世なら耕す人であったろう私の影、悩ましい姿態の石の仏たち、押し寄せるオートバイの若者たちの、蜜蜂の頭部さながらのヘルメット群、伸びて来い、さらに伸びて来い、それが詩ではないか、
詩とは、光晴の行程を追って、ランボーの行程と交錯し、彼らのかすかな足跡をとびとびに繋げながら、裏が表になり、表が裏になりながら、街道よ、詩よ、街道よ、詩よ、
詩とは、それからまた魚市場、鳥市場、荒れさびれた湿地帯、廃墟めくコロニアルな建築群、影絵芝居とそれをつつむあたたかな母の闇、天に燃え立つ火焔のような石の塔、かと思うとだらしなく崩れていた塔のガレキ、枯れはてた水の城、トカゲのようにしなやかな女たち、山と積まれたタイヤ、アーモンドやナツメグの木、石から浮かび上がる顔、ヘルメットのなかからいまにも飛び出してきそうな不穏球、世界を逆さに見ているコウモリの黒く突き出た眼、それらと絡み、あるいは絡まれて、街道よ、詩よ、街道よ、詩よ、
詩とは、いつだったか、むしむししたスラバヤの夜まで、伸びて来い、さらに伸びて来い、