ポエジー夜話特別版(続)

大震災に接して茫然としたまま、ふたたび即興的に詩を書きました。


母の手


まるで空襲のあとのような
津波で破壊された町を
ひとりの
美しく年老いた女性がさまよっていた
テレビの取材クルーが近づくと
息子を捜しているという
息子さんのお名前は?
災害伝言板のつもりでクルーは訊ねた
すると突然
彼女は取り乱し始めた
名前は教えたくない
教えたらもう息子は帰ってこない気がするから
そう言って
顔を手で覆って泣いた
手で覆って
おそらくそこに
永遠に
息子の名前を閉じ込めたのだ
固有名詞とは
そういうものだろう
テレビをへだてて
私はその顔を
その手を
心の内奥に招き入れる
もう手放すことはない私の生きる糧だ